2009年2月13日金曜日

綿矢りさ:「インストール」より

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この廃墟の隅に私の部屋がそっくりそのまま移っていた。即席で作られたドラマのセットのように、私がぶっとおしで運び続けた家具たちがゴミ捨て場の端でコの字型のちいさなバリケードを作っている。その見慣れた家具の城の中に入っていき、椅子の上にコンピューターを置く。と、その途端なんだか途方にくれてそのままアスファルトの地べたに座り込んでしまった。地面が冷たい。学校へちゃんと行っていると母に思わせるために着てきた制服のスカートに、車が垂らしていったガソリンの油が染み込んでいくのが分かる。けどそれが?それよりこれからどうしましょう?駐車場から車が出てきて私の後ろを通った。地面からの振動が背中に伝わり脊椎が細かく揺れる。不意に大きな風が吹き、そのせいで沢山並んでいるタンクに山積みされた薄汚いゴミ袋の一つから、結び目がほどけているのか、黄ばんだ紙が次々と飛んだ。それらは宙を舞いながら駐車場のほうへ転がっていき、隅っこの暗がりに積もっていく。それより、これからどうしましょう。その紙の動きを眼球だけで追っていたら、紙の一つがこちらに飛んできて私にへばりついた。ぞっとして振り払うと、紙にこびりついていた砂がざらざら落ちてきて私の靴下を汚した。その砂を払う自分の手も、ゴムのきつい靴下に締めつけられているその足も、ゴム人形のような艶の無い朱色をしていて、掃除の時の活気はどこへやら、私もゴミ化している。それを見た私は死にたーい、と思った。しかし私はそれが嬉しいのである。ほのかにそんな落ちぶれた自分を格好よく思いながらわくわく、私はさらに寝転がってみた。ポーズ。私はこうやってすぐ変人ぶりたがる。あさましく緊張しながら奇抜な行動をやらかす。こんなふうに地べたに横たわるのが私の表現できる精一杯の個性なのだ。アスファルトに頬を押し付けると、油臭い地面の上に私のほつれた黒髪が広がった。軽い風が吹いて、何度もスカートがはためき、その度にいちいちパンツが見える。けどそれが?腐ったようにじっとしていた。

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例えばこの若さ、新鮮な肉体。やがて消えてゆく金で買えない宝物の一つ。私は大人になってから、あるいはもっと近い将来に、今のこの時間を無駄遣いだったと悔やむんだろうか。あの五月の時の私、受験生になった途端登校拒否してさらに自宅勉強もせず、何やってたかというとこんふうにゴミ捨て場に転がり異端児気取りで、くそっと思うのだろうか。思うような気がする、いや絶対思う。こんな、ほら、目の前のゴミの間をネズミが、もりもり太ったネズミが走って、こんなこと、絶対良い思い出なんかにはならない。

まだお酒も飲めない車も乗れない、ついでにセックスも体験していない処女の十七歳の心に巣食う、この何者にもなれないという枯れた悟りは何だというのだろう。歌手になりたいわけじゃない作家になりたいわけじゃない、でも中学生の頃には確実に両手に握り締めることができていた私のあらゆる可能性の芽が、気づいたらごそっと減っていて、このまま小さくまとまった人生を送るのかもしれないと思うとどうにも苦しい。もう十七歳だと焦る気持ちと、まだ十七歳だと安心する気持ちが交差する。この苦しさを乗り越えるには。分かっている、必要なのは、もちろんこんなふうにゴミ捨て場へ逃げ出すのではなく、前進。人と同じ生活をしていたらキラリ光る感性がなくなっていくかもなんて、そんなの劣等性用の都合の良い迷信よ、学校に戻ってまたベル席守ることから始めなさい!光一口調で自分を叱ってみたが、しかし、やっぱり私は動けなかった。自分にはほとほと呆れ、仰向けになってさびれたコンクリートの四角の切れはしからのぞいている暮れかけの空を見上げる。

光一の言葉、時々母にも言われる言葉を思い出した。

あんたにゃ人生の目標が無いのよ。

 

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青木さんほどではないにしても、かなりの不器用である私は後ろ暗い気分で母のその言葉を聞いていた。高倉健のようなプラスの不器用さではなく、この青木さんのような、相手の人間を思わずのけぞらせてしまう程の異様な一途さをぶっつけてくる不器用さを持った人は、実際迷惑だ。怖い。よくクラスのみんなは、自分を可愛く見せるためにわざわざ不器用なふりをしてドジッ子を装う娘達をぶりっこなどと呼んで嫌うが、この本物の不器用よりのそのぶりっこ達の作られた不器用さの方が余程マシだと思う。媚びの武器としての不器用は軽い笑いを誘う可愛いものだけれど、本当の不器用は、愛嬌がなく、みじめに泥臭く、見ている方の人間をぎゅっと真面目にさせるから。

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